思考志向

『「無限の苦しみ」と「有限の限りなく大きな苦しみ」』という記事を読んでみてください。

「不老不死」の技術が実現するまでに起こる社会の変化

 「不老不死」の技術が実現した後の世界は、これまで多くの小説や映画、漫画などの作品で取り上げられてきた。そうした作品では、不老不死が実現することで、個人の生活はどう変わっていくのか、社会はどのようになっていくのか、そもそも不老不死は人間にとって本当に望ましいのだろうか、といったことがテーマとなることが多い。SF作品に限らず、不老不死に関わることはよく話題にされる。

 

 不老不死が題材として取り上げられるとき、たいていその不老不死の技術は完全に確立されたものであることを前提として話が進んでいく。一方で、まだ未完成で少しずつ不老不死が実現していくという過程においても、その時期に特有の事柄が起きるのではないだろうか。この記事では不老不死が実現していく過程での社会の変化について考えてみたい。

 

 まず、不老不死の技術が急に出来上がるということは考えにくい。まずは、寿命を延ばす、老化を遅らせる、若返らせるといった技術が開発されることになるだろう。(今後はこうした技術を、「不老不死の技術」と対比して、「延命の技術」と呼ぶことにする。)はじめは、一生の間で寿命が延びたり老化が遅れたりする期間の限界が5年や10年ほどだったのが、時代が進むにつれその期間が少しずつ伸びてゆくことになる。そしてかなり平均寿命が引き伸ばされた段階でさらに技術が進んでいって初めて不老不死が実現されるだろう。ちなみにここで使っている「不老不死」という言葉は不死身という意味ではない。不老不死でも事故にあうと死んでしまう。あくまで半永久的に生きられるということだ。

 

 延命の技術として考えられるのは、再生医療や臓器の移植、遺伝子の書き換え、老化に効く薬などだろう。いずれにしても医療と深く結びついている。

 

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 「不老不死」技術が実現するまでに起こる社会の変化

 これまで、寿命の引き伸ばしや若返りに関する本格的な医療技術がなかった時代に、初めてそうした延命の技術が出てきたとする。ここでは目安として寿命が10年延び、10年若返る技術だとする。多くのことに当てはまるが、世の中に初めてで出てきたような技術や製品はとても高額だ。特に延命の技術に関しては費用は莫大なものになるはずだ。また、健康保険も効かないかもしれない。そうなってくると、この延命の技術は基本的には一部のお金持ちのみが恩恵を得られるものになる。

 

 ただ当然、庶民であっても生きることと若さに強くこだわる人は多い。そういう人は借金をしなければ、延命の技術を受けることができない。その技術が例えば何千万円もするのだとすれば、お金を借りるのにも返すのにも当然苦労する。ただし、寿命が延びて若返る訳だから、その分の期間は長く働くことができ、その長く働いた分だけさらに返済に充てることができる。働ける期間が延びることも考えれば、延命の技術を受けるハードルは少し下がるだろう。そうは言っても、この技術もまだ世間の信用がなく、必ず長く働くことができるという保証がないため、銀行もなかなかお金を貸してくれないかもしれない。

 

 時代が変わって、この延命の技術がある程度進み、延びる寿命もさらに増え、若返りの質もよくなったとする。最初にこの技術が世に出て20年か30年たった時代といったイメージだ。この時期になるとこの技術も次第に世間に信用されてきているはずだ。もしかすると、今の時代に住宅ローンがあるように、「延命の技術専用のローン」もできているかもしれない。費用も下がってきているため、この技術を受けることができる人も増えてきているだろう。

  

 そしていよいよ不老不死の技術が完成した時代になったとする。この時代にはすでに延命の技術はかなり普及しているはずだ。新技術ということで不老不死になるには莫大な費用が掛かることだろう。不老不死の技術がこれまでの延命の技術の延長線上にあるようなものであれば銀行の信用を得やすいが、全く新しい技術だとしたらなかなか信用を得にくく、不老不死の技術を受けるという理由ではお金を貸してくれないかもしれない。ただ、いったんお金を借りることさえできれば、不老不死なのだからしばらく働いて少しずつ返済していけばよい。いずれは返済できるものなので、不老不死を強く望んでいる人にとってはお金についてはそこまで大きな問題ではないかもしれない。

 

 さらに、不老不死の技術が完成してしばらくたったとする。不老不死技術の精度が上がり、失敗もほとんどなくなる。不老不死技術の安定期といってよいだろう。この時期になれば、望んだ人であれば誰でも不老不死の技術を受けられるようになっているかもしれない。不老不死技術の費用が下がり、この技術に対する信用も高いために銀行からもお金を借りやすい。延命の技術専用のローンがあったのと同じように、「不老不死ローン」もできているかもしれない。

 

 「不老不死」を得るための個人の戦略

 これまでは社会の変化を見てきたが、不老不死を望む個人の視点としてはどのようにして不老不死を目指してゆくだろうか。いまだ不老不死が実現していない社会においては、自分が生きている間に、科学技術が進展して不老不死の技術が実現することに期待するはずだ。ただ本気で不老不死を目指す人にとっては、不老不死技術が進展することを望むだけではなく、逆に不老不死技術が実現するまでにいかに自分が長生きできるかを問題とするはずだ。

 

 長生きする手段は2つ考えられる。1つは、地道に運動やバランスの良い食事などで健康を心がけることで、もう1つは、延命の技術を受けることだ。不老不死を望む人はこの両方を取り入れるだろう。普段から健康に気を使いながら、新たな延命の技術が出てきたときにはその技術を受ける、というようにするはずだ。常に最新技術を受けられるようにお金も貯めていなければならない。このようにして寿命を延ばしながら、生きているうちに不老不死の技術が完成するのを待つのだ。

 

 そして不老不死を望む人にとっては、ある延命の技術Xが開発されてから次の延命の技術Yが開発されるまでの期間が問題となる。

 

[延命の技術Xによって延びる寿命]>[延命の技術Xが開発されてから次の延命の技術Yが開発されるまでの期間]

 

 もしこの不等式が成り立つとすると、時間が経っているにも関わらず、延命の技術Xを受ける直前より、延命の技術Yを受ける直前の方が余命が延びていることになる。そして、次の技術もさらに次の技術にも同じようにこの不等式が成り立つとすると、新たな延命の技術を受け続けながら寿命を延ばすことが出来る。さらにそれがしばらく続いたとすると、不老不死技術が完成した時代まで生きることが出来る。いったんこの不等式が成り立ちそれがずっと続くとすると、事故にあわない限り、半自動的に不老不死を獲得することが出来る。

 

 私たちの世代が生きている間には、不老不死の技術が実現するとは到底考えられないが、延命の技術が開発される可能性は多少はあると考えてよいだろう。そして不等式が成り立つほど延命の技術革新が進むかどうかは分からないが、実際に不老不死を手に入れることは、私たちが想像するよりもっと現実的なことかもしれない。